山陰随一の名刹、清水寺で凛とする
見どころ尽きない境内散策 清水寺・清水谷善暁さん
清水寺へお参りする。駐車場から大門を経て歩く参道は、道沿いに清水が流れ、苔むした石畳や石段に年季を感じさせる石垣、杉と広葉樹が混じった木立ちがいい。上り始めてしばらく、古いたたずまいの料理旅館の脇を通り、すぐに視界が広がる。城郭を思わせる立派な石垣が、この寺の格を訪れた者に伝える。執事長の清水谷善暁さんが迎えてくれた。
名前からただならぬ由緒を感じさせる清水谷さんだが、その話しぶりと笑顔にすぐ親しみを感じた。「夜になると山が突然光り出したそうです。そこで地元の人たちは、尊隆上人に調べてもらいました。上人は、山の中で観音様を守ってきた揚命仙人と出会います。仙人から観音様をお守りするよう託され、尊隆上人がお祀りすると1週間後に清水が湧き出てきたそうです。だから、瑞光山清水寺という寺名になりました」。587年のことだという。
その後、わが国で希少な女帝だった推古天皇が厄払いの霊験があることを感得し清水寺は発展。さらに時代は下って、戦国時代初期には安来をはじめ一帯を治めた尼子氏の庇護を受け隆盛を極めた。境内に48もの坊があったという。「ところが毛利氏が台頭し、根本堂以外全山焼き討ちという憂き目に遭いました」。
きれいに整えられた石段を上る。樹齢1千年という杉の巨樹が3本。そのうちの一つは石垣から生えたように樹冠を広げ、ほかの2本は根本堂を庇護するかのように枝を伸ばしている。
「さきほど、創建587年と申しました。これは日本に仏教が伝来しておよそ50年後のことです。焼き討ちの時、僧侶たちは仏像を守ることを優先し、古文書は焼失しました。だから寺の創建を証明するものがなく、私自身も正直訝っていました」と笑う。ところが平成4年に終了した根本堂の解体修理で600年代の地層に建造物の痕跡が出た。現在の7間もある規模ではないが、3間四方の根本堂が存在した証だった。
根本堂の中に入り、内陣さらには後陣に案内してもらった。「ここに井戸があります。はい、それです」と、示された蓋を開け水桶を落とすと、ぽちゃんという音とともに確かに水の感触がある。「今も水をたたえているんですね。清水寺の謂われそのままです」。
続いて、清水寺のシンボル三重塔に連れて行ってもらう。真下から見上げると、凛と立つ荘厳さに自ずと背筋が伸びる。「1800年代に地元の人たちが塔を造ろうと発起されたそうです。宮大工ではなく地元の大工さんによるもの」だそう。
高さ33メートルの三重塔に入る。清水寺の三重塔は全国でもほとんど例がない最上階まで登閣することができるのだ。すごく急な階段を慎重に上る。要所ではセンサー付きの照明が灯る。最上階に到達。安来の田園風景を形づくる能義平野を手前に中海がキラキラと湖面を輝かせ、島根半島の山並みを望む。違う方向に目を向けると根本堂など境内が一望できる。
次に宝物館を案内してもらった。焼失を逃れた阿弥陀如来像や摩多羅神像、木の板に描いた三重塔の工作図、懸仏など、山陰最古の石仏など国重文にも指定されている貴重な仏教文化財が展示されていた。
清水谷さんによると、最近は若い人たちの参拝者が増えているという。御朱印を集めたり出雲三十三観音霊場めぐりを一気に満願できる境内の散策も人気だという。春は桜が境内を桃色に染め、夏は森林浴もいい。秋は何と言っても紅葉。冬は雪景色の凛とした境内が美しい。四季を通じて様々な表情を見せてくれるのが清水寺でもある。
清水寺を下りて、地元の人と話した。「出雲の国の東端で推古天皇ゆかりの清水寺の厄払い、西端では出雲大社の縁結び−。女性に特にお勧めの巡礼コースです」。安来から始まる旅のスタイルの一つ、いいと思う。
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