天下取りへ地盤―家康“出世”の街 浜松城周辺のゆかりの地を訪ねて
“家康の散歩道”たどる 城郭と神社群
徳川家康が浜松城に入城したのは1570年、29歳の時。以降、1586年に駿府城に移った45歳まで青年・壮年期の17年間を過ごしたが、三方ヶ原の戦いで敗戦するなど苦難の時だった。しかしその苦悩のなかで培った経験、能力はのちの天下統一で花開く。天下取りの地盤を築き、幕府の要職を務めた人物も多く輩出した“出世城”浜松城で、我慢と雌伏の現代を勝ち抜くパワーを得たい。
家康ゆかりのスポットは浜松城周辺にも点在。全長6・3キロ、歩いて約1時間30分というコンパクトに収まった“家康の散歩道”の「城内・城下ルート」は家康紀行の行程に組み込みやすい。浜松城から旅を始めよう。
浜松城は、現在は緑豊かな浜松城公園内にそびえ立つ。東西約450メートルにわたり最高所に天守曲輪、その東に本丸、二の丸、東南に三の丸と一直線に並ぶ「梯郭式」の城郭であり、現在、天守曲輪を中心とする一帯が遺構として残る。野面積みと呼ばれる荒く組んだ石垣は当時のまま。天守閣、天守門は復元され、往時の壮大な姿を現代に伝える。天守閣から一望する浜松市街地の風景に同じ眺めを見たであろう天下人に思いを馳せる。
城の北東に出れば、元城町東照宮。引間城跡で、浜松城築城の2年前に今川氏から奪った地だ。今は東照宮として家康を祀り、この地ゆかりの豊臣秀吉と家康の「二公像」が立つ。天下人2人から出世運を授かれるパワースポットなのだ。
さらに北東へ進み、引間城主・飯尾連龍の妻・お田鶴の方を祀る椿姫観音へ。三方ヶ原から敗走中に家康が身を隠した「雲立のクス」が茂る浜松八幡宮を経て、南下。遠州鉄道・遠州病院駅裏には2代将軍秀忠誕生の井戸があり、家康創建の遠江分器稲荷神社もほど近い。
大手通りに入ると浜松城二之丸跡や大手門跡、高札場跡。南下し松尾神社から北西に金山神社。五社神社・諏訪神社と神社群があり、赤鳥居が映える浜松秋葉神社は浜松城の裏鬼門を守る。「井伊の赤備え発祥の地」としても知られる。
ここから再度浜松城を目指した歩み。中央図書館前には、城の南の防御を果たした「出丸」跡。浜松城公園前にある三方ヶ原から逃げ帰った家康が鎧をかけたといわれる「家康公鎧掛松」を経て、浜松城に“帰還”する。
また、道中には本多忠勝や鳥居元忠ら家康の家臣らの屋敷跡も。碑が立つので探してみるのもおもしろい。
静岡県浜松市 徳川家康観光に関するお問い合わせ
浜松市産業部観光・シティプロモーション課
〒430-8652 静岡県浜松市中区元城町103-2
電話053–457–2295
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