「出雲國たたら風土記」の旅・島根県安来市(3) 1千年前から続くSDGs
「鉄のまほろば」としてメッセージを 日本遺産選定委員・丁野朗さん寄稿
古くから、日本を代表する鉄の歴史をもつこの地域が「鉄の道文化圏」の協議会を発足させたのは、1987年(昭和62年)のことである。旧自治省のリーディングプロジェクトの指定を受け、新たな地域づくりのモデル事業となった。私が、この地域にはじめてお邪魔したのも、その事業委員会の視察がきっかけであった。
当時の安来市・広瀬町ほかの6市町村は、たたら所縁の和鋼博物館や金屋子神話民俗館、たたら刀剣館、角炉伝承館、古代鉄歌謡館、鉄の未来科学館など、それぞれの地域のテーマ館とアクセス道路を整備して、これらを巡ると「たたら文化」のすべてがわかる、という画期的な仕組みをつくった。協議会は、まさに今日で言うDMOの発想を30年も前に実現していたことになる。
2016年5月、この地域の取り組みが「出雲國たたら風土記〜鉄づくり千年が生んだ物語」として日本遺産に認定された。物語は、たたらの歴史と、その裏側にある鉄づくり千年に亘る持続性をテーマとするものであった。すなわち年間に使用する木材の30年分の山林を確保した計画的な操業、鉄穴流しで発生する大量の土砂で生み出す広大な農地(棚田)による新たな生産基盤の確保、たたら技術を未来に活かした特殊鋼(ヤスキハガキ)など、次の千年を見通した物語として構成されている。物語には人々の共感が不可欠である。その共感ポイントこそが今日のSDGsの先駆けである、この地域の人々の営みであったと思う。
日本遺産は、日本という国を象徴する「百の物語」である。同時に、自らの歴史の中から、次の時代に向けた新たなビジョンを得る試みでもある。その意味では、これをきっかけとした地域活性化計画とその実現が問われることになる。
そんな一例が、福井県小浜市の「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群」、いわゆる「鯖街道」の物語である。若狭は古くから中国・朝鮮半島からの文化を、京都・奈良の都に繋ぐ日本の結節点であり、塩などを都に献上する「御食国」であった。その歴史文化を早々と「歴史文化基本構想」としてとりまとめ、昨年暮れには「文化財保存活用地域計画」を全国に先駆けて策定した。鯖街道の物語もその一つだが、地域の歴史文化をさまざまなテーマで物語化し、その活用を図ろうとする好例である。
鉄の道文化圏は、たたらに係る実に多様なテーマを持っている。その一つひとつが優れた物語である。大切なことは、これらを計画的に活用する意志であり、粘り強い取り組みである。
安来には、たたらの歴史文化や産業・技術に係るあらゆる知識が詰まったセンターとしての和鋼博物館がある。同時に、鉄の積出港として北前船の時代から栄えた安来の町には、かつての問屋や商家、料亭などが立ち並び、今でも独特の町割りと食、景観などが楽しめる。これらをどのように活かすのか。
今や観光は「テーマの時代」を迎えている。欧米豪などの海外顧客には英国のアイアンブリッジに匹敵する日本の「鉄のまほろば」として、明確なメッセージを伝えていくことが急務である。
昨年、市民有志がJR安来駅で始めた、どじょう掬いのお出迎えは、多くの方々から大好評である。市民手作りの活動が、今こそ重要であることを実証した試みでもある。安来を愛し、新たな産業を創出する優れたプレイヤーの育成こそが、いま最も必要な取り組みであろう。
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丁野朗(ちょうの・あきら)さん=東洋大学大学院国際観光学部客員教授、ANA総合研究所シニアアドバイザー、観光未来プランナー。観光庁、経済産業省、スポーツ庁、文化庁などの関係省庁委員や広島県呉市、神奈川県横須賀市と小田原市、富山県高岡市など各地の自治体観光アドバイザーなどを務める。法政大学、跡見女子大学講師、日本商工会議所観光専門委員会学識委員、全国産業観光推進協議会副会長などにも就く。1950年高知県生まれ。
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