光秀、道三、信長の“道”をたどる/岐阜市
岐阜市には岐阜城周辺に光秀、道三、信長ゆかりのスポットが今も多く残る。市では「道三の道」「信長の道」「岐阜城攻略の道」などモデルコースを設定。大河ドラマ館からの周遊を勧めている。歴史の深掘りは実際に現地をめぐってこそ。三武将の息遣いを感じて歩く。
光秀ゆかりの地
岐阜城から少し離れたJR西岐阜駅近くにある立政寺。光秀と盟友・細川藤孝が、信長と後の15代将軍、足利義昭を引き合わせた場所だ。これを機に信長が義昭を奉じ上洛、天下取りへ突き進むことを考えると、“歴史の転換点”のひとつに。
岐阜市の北隣、山県市には、光秀の墓と伝わる「桔梗塚」がある。山崎の合戦でここまで落ちのびたという説も。
道三ゆかりの地
“下剋上”といえば斎藤道三。稲葉山城を本拠に美濃を治めた。光秀も仕え、のちに信長が発展させる現在のまちの礎を築いたとして、今も地元では信奉されている。
金華山麓に築いた城下町は「百曲通」「七曲通」など通りが今も残り、武家屋敷を分ける堀「梶川堀」などに往時の名残をみることができる。岐阜公園・信長の居館跡近くには道三時代の石垣も。
七曲通沿いの常在寺は道三、義龍、龍興の斎藤家三代の菩提寺。道三と義龍を描いた国重文の肖像画も所蔵している。
長良川を越えると、道三が埋葬されている道三塚がある。今は整備され、石碑が建っている。低山、鷺山頂上には鷺山城址の碑が建つ。土岐頼芸が築城したが頼芸追放後は道三の隠居所に。
信長ゆかりの地
信長と言えば岐阜城だが麓には居館跡が残る。宣教師ルイス・フロイスが「地上の楽園」と評した地は発掘調査が進み、巨石列や石垣、金箔瓦、庭園が出土している。
道三塚近くの崇福寺は信長が菩提寺として保護。本能寺の変後、側室・お鍋の方が遺品を寺内に埋め、位牌を安置させた。信長・信忠の父子廟として残されている。
城下町を歩くと、道三の百曲通と七曲通の間に設けた新町が残る。長良川沿いの川原町は白木格子が続く町並みが残り、食や買い物、体験が楽しめる観光スポットに。
岐阜公園前には若き日の信長像、JR岐阜駅前には黄金の信長像が建ち、今も岐阜のまちを見守っている。
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