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40男が行く、久しぶりの山歩き 奈良・曽爾高原

09/12/07

11月最後の土曜日、久しぶりに山へ出掛けた。というか「連れて行ってください」とお願いした。それも最高のガイドに。「関西里山・低山歩き」「関西日帰り山歩きベスト100」の著書がある岡弘俊己さん。関西の山を知り尽くした達人は、虚弱な40男を奈良県の曽爾(そに)高原に導いてくれたのだった。

話は2年前の夏に遡る。普段の運動不足を省みず、北アルプスの常念岳(2857メートル)に登った。常念小屋に1泊し、蝶ヶ岳(2677メートル)へと縦走した。蝶ヶ岳山頂に近い山小屋に着いたのが14時ごろ。「さ、本日はここに泊まりましょう」と同行の家族に伝えると、虫が多くて嫌だとのたまう。

「何を言っているんだ。自然の中に虫がいるのは当たり前だ! まったく」とは言わず「でもなぁ」と濁す。「上高地まで降りて、お風呂に入りたい」と長女(中3)。「うむ。気持ちはわかるが、今から下ると日が暮れて危ない」と諭す。「うん、だけど・・・」。そこに「私もお風呂入りたい」と妻が便乗。「わたしも」。これは小6の次女。おいおい!君たち。「ぼくはどっちでもいいけど」と長男(小4)は、さすが男同士、父の思いを汲んでくれる。「そう、おばあちゃんも一緒だし無理は禁物だよ、ね」と、義母(70歳)の方を向いて話すが「あら私は平気よ。はっはっはー」。

「なら、今2時だから、上高地の手前、徳沢まで2時間30分。休憩なしで歩き通しできるか?」と力強く伝える。すると全員が「うん!」。返事はさらに力強い。で、一気下りを始める。しばらくは順調だったが、危惧していた通り遅れる者が出始める。誰が? 私である。膝が大笑い状態になり、思わぬところで尻餅をつく。家族と差が開いているので見られていないけど。「パパー、大丈夫?」「おう!」。あまり差が開いてはいけないので、家族が小休止して待っているところに追いつく。皆、談笑しながら小休止。なんで、そんなに余裕なの? その後も快調なピッチで下っていく家族に、膝からもらい笑いした情けない顔の親父が引っ張られていく・・・そういう図式であった。

それ以来の山である。子どもと年寄りに完膚なきまでに打ちのめされ、それがトラウマになりつつあった私は、達人に無粋なリクエストをお願いしていた。「あのぉー、ほんとに長いこと山に登っていないので、簡単に歩ける山がいいです」。

朝、京橋駅で待ち合わせ一路、曽爾高原へ。紅葉のいい時期だというのに、高速はガラガラ。快調である。名阪国道のサービスエリア、針テラスで休憩。さすがに観光バスは何台か停まっている。元気のいいお兄ちゃんが「焼きたての栗、美味しいよ。はい、食べてみて」と、バスから降りてきた人たちに試食を配っている。「あら、ほんと美味しいわ」と、おばちゃん。連れのおばちゃんたちに「あんたも食べてみぃ」と勧めている。何度かお兄ちゃんの前を行ったり来たりするが、私には渡してくれそうもない。ちなみに帰りも立ち寄ったが、同様の結果であった。

達人運転の車はさらに快調に国道369号線を進む。というか、速い。前に遅い車がいると迷わず抜きにかかる。達人は、ハンドルを握ると軽トラ・キラーだった。山がどんどん深くなり、道路沿いの川の水は美しい。茅葺き屋根にトタンをかぶせた家が増え、いい感じである。そんな風景に不釣合いなエンジン音で達人号は、すっ飛ばしていくのだった。

トンネルを抜け急に視界が開けると曽爾村だった。特異な山容をした峰々が目に飛び込んでくる。屏風岩(868メートル)、兜岳(920メートル)、鎧岳(894メートル)の3峰である。達人によると、ここら一帯は火山で、これらの山はその激しい火山活動の名残だそうだ。山麓が紅葉していて、その背後に切り立った断崖。このコントラストは、なかなかのものである。名所と言われている場所で、紅葉どころか人酔いしに行くのなら、断然ここの方がいいだろう。達人に感謝。

兜岳と鎧岳

兜岳と鎧岳を遠望する

もうすぐ曽爾高原だ。ここで達人は、またも鮮やかなハンドルさばきを見せる。前方を走るプリウスより1つ手前の交差点を曲がったのだ。「あれは素人やな。曽爾高原の看板はあそこに出てるけど、通はこっちで曲がるんや」。ショートカットし、さらに達人号はぶいぶいと山道を登っていく。「あれ?」と達人。達人の見通しでは、今日の曽爾高原は多くの人で一番山に近い駐車場には入れないだろうと踏んでいたのである。入口ゲートで駐車代を支払い、到着。名古屋や尾張小牧ナンバーの車も停まっている。すぐ三重だもんね。東海の人たちもたくさん来るのだろう。なにわナンバーの達人号は、大阪市内からわずか2時間ほどで着いた。

さ、肝心の山はこれからである。車を降りると、思った以上に寒い。達人が必需品と言っていた手袋の意味がよく分かった。谷を挟んで、さっきの兜岳、鎧岳がほぼ同じ高さで正面に見える。少し霞んでいるのが残念。それにしても、車でずいぶん上ったんだ。2年ぶりのトレッキングシューズの紐を固く締めて、登り始める。途端、目の前一面がススキ。山の稜線まですべてススキ。村の人たちが毎年山焼きをして維持しているそうだ。雲間から射す日の光で山全体が金色だ。兜岳、鎧岳と対照的なやさしい雰囲気の山である。

「こっちの亀山から陵線上をあっちのニホンボソという所まで歩く。2時間ぐらいかな」と、達人がススキのすり鉢の底で教えてくれた。ま、楽なもんである。でも、達人にならって登山道に整備された木製の階段を使わず、その脇の地面のままの箇所を歩く。「階段ってな、自分の歩幅と違うやろ。これが疲れる元なんや」と達人に教えていただく。高度を稼いでいくと風が強い。しかも寒い。亀山の山頂(849メートル)は吹きさらしで、ノンストップでニホンボソ方向に向かう。途中すれ違う人たちと「こんにちは」とあいさつを交わす。おぉ、山に来たという実感。

亀山峠にさしかかる。ベンチや展望案内板が置いてあって、休憩している人も多い。奈良県側、三重県側ともにきれいに見え絶景スポットである。でも風が強く、寒いので、ここも通過する。少し登りがきつくなったが、ニホンボソ(996メートル)もすぐ。でも、まだ登りは続いている。この先に日本300名山に選ばれている倶留尊山(1038メートル)があるからだ。ここまでの40分程度の山歩きでトラウマをあっさり克服した私は「もうちょっと行ってみましょう」と達人にねだった。達人は「うーん」と何だか渋そうである。

亀山峠あたりの稜線

亀山峠にさしかかるも足取り軽やかな達人

その理由はすぐにわかった。コンクリート造りの小屋が現れたのである。小屋を覗いた達人は「アカンわ、やっぱり今日はおっさんがおる。ま、今日は稼ぎ時やからな」。私には何のことかさっぱり?である。「倶留尊山って民有地やねん。ほら、そこに○○木材って書いてあるでしょ。この先は、ここで500円を払わないと行けないの」。ということで、あっさり引き返す。達人は、登ってくる人に「この先、何もないよ。500円取られるだけですよ」と、やさしく声をかけている。かわいそうに、あのおじさん、今日の売上げ3000円は逃しただろう。達人によると、倶留尊山の山頂と言っても特別眺望が良いわけではないらしい。300名山完登を目指している人やピークハンター以外は、有料で登るほどの山でも・・・ということだ。

ニホンボソから少し下った尾根上で休憩。なぜか、この一角だけ風がない。大峰山系や国見山などが一望でき、足下にはススキの高原が広がっている。気持ちがいい。曽根高原辺りの山は火山活動で一つひとつが独立峰なので眺望がいいのだ。ガサゴソ、ガサゴソ。達人がリュックからストーブを引っ張り出した。「ほんまは国定公園やから、やったらアカンのやけど」と、コッヘルに水を注いで沸かし始めた。万一、火の不始末があるとたいへんだから禁止されているそうだ。だが、達人が手袋と並んで必需品として指示したカップ麺のお昼ご飯の魅力には抗しがたい。あつあつのカレーヌードルを美味しくいただく。食後はもちろんホットコーヒー。「これだから山はやめられない」という達人に激しく同意した。

晴れたり曇ったりだけど、キラキラと輝くススキの中を下っていく。時間が経過しだいぶ人も増えてきた。皆さんバチバチ、シャッターをきっている。駐車場に戻る。ざっと2時間の山歩きであった。

帰路、村がつくった「曽爾高原ファームガーデン」に寄る。温泉もある。山から下りて一風呂浴びて帰るなんて気持ちがいいだろうな。でも、この日は大阪に戻って会議に出なければならなかったので、泣く泣くパス。施設内のパン工房で売っていた米粉パンで我慢した。

また来よう。今度は家族を連れて。再び戦闘モードに入った、ハンドルを握る達人に深く感謝した。

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